月下の孤獣 〜その後 …かな? (おいおい)


 “彼らの日常”



そろそろ早く咲いた桜も落ち着き、
新緑が揃うにはまだ早いが
ユキヤナギが純白の花房と緑の枝をあざやかな拮抗で見せている。
山桜の淡い緋に囲まれた敷地にたたずむ邸宅、
やや古風な造りなのは、それだけ由緒正しい屋敷だから。
どこかの外交官の公邸だとかそんな雰囲気のある、
一応は貫禄とかいう風情もある、どっしりとした洋風の豪邸で。
主人とそのご家族が日常を過ごす部分は
庭やら表玄関に沿うた使い勝手がいい並び。
来客への部屋もそれへ準ずる格の部屋を用意し、
高位の皆様のそばへ下賤の手合いなぞ侍らすわけにいかぬと、
上流階層の子息たちで構成されているという導師らを
衣紋も綺羅々々しく従事させていた年寄り衆だったが、

 「……っ。」
 「なんだ?!」

突然の磁場異常が起きたらしく、室内が大きく揺さぶられ、
居合わせた面々が慌てて重々しい椅子や卓へとみっともなくもしがみつく。

「地震か?」
「いえ、床は揺れてはおりませぬ。」

何が起きているのかも判らぬまま、
調度ごと攪拌され、重厚な猫脚の椅子になぎ倒される高齢不遜な上役の方々で。
護衛という格好でそばについていた面々も、
何が起きているものかが判らず対処も取れずに呆然としていたり、
立っていられず毛足の長い段通の上に這いつくばっていたりするだけで。

 「だ、誰かなんとかせぬかっ!」

こういう事態にこそ鋭敏なはずの感知を働かせ、
凛然と活躍せねばならぬはずのお立場はどこへやら。
体力はなくとも見識はあろうはずが、
非常警鐘は要らぬなぁと思わすだみ声あげて、慌てふためく皆様はさておいて。

 「蒼穹の龍王、かしこみかしこみ、鎮まりたまえ。」

そんな上つ方のいる広間から離れた、お勝手近くの詰め所では、
やはり非力な下働きのお女中やら子供らが悲鳴を上げて身を丸めているのへ、
ゆったりとした所作で踏み込んできた背の高い青年が、
両手のしなやかな指を何通りか組み合わせて印を切ると、
いい響きのお声で咒詞を唱えて見せる。

 「あ…。」

すると、部屋を大きく揺すぶっていた地鳴りがやんで、
昼間の明るみを塗り潰しかかってた謎の陰りも消し飛ぶと、
誰が押しても開かなかった勝手口の扉がゆるりと開くではないか。

「慌てないでね。ゆっくり順々に外へ出て。」

扉から顔を出した銀の髪した少年が、甘く笑っておいでおいでと子供らを手招きで呼ぶ。
何が何やらと浮足立っていた面々も
とろけるように笑っている彼には安堵をもらえたか、
後背から差し入る春の日の柔らかさに安堵して、誘われるままそちらへと向かい、

 「おらよ。屋根裏の梁に貼り付いてた。」

何者かが仕掛けた設置式の呪いであったようで、
その根咒だったのだろう幣を屋根裏部屋から千切ってきた赤毛の青年が
ゆったりとした歩調のまま現れ、
先に来ていた青年へそれをかざすと呆れたように肩をすくめた。

「子供の手遊び級だぞ、これは。」

もしくは恋愛系の咒だと吹き込まれ、
信じてしまった娘御がこそりと貼ったのやもしれぬと溜息をついて見せ、

 「モグラが暴れたというところかね。」
 「ああ。」

仕掛けたものからの“思いの丈”は存外深かったのやもしれないが、
それにしたって一応は祓術の一門の集まりであろうになと、
しょっぱそうな顔をし、赤い髪をもしゃもしゃ掻き回す彼であり、

「老人たちの部屋はまだ大騒ぎかい?」

階上の広間はまだ大騒ぎであるらしく、
みっともない悲鳴や喚きがここまで届く。
古い建物なだけに床も壁も分厚いのにだ。

「この程度の咒獣も祓えぬとはな。」

先に居合わせていた背の高い青年術師様が、くつくつと笑って肩をすくめた。
会合やレセプションなぞに招かれる折、見目のいいのに傅かれておれば衆目も集まると、
そのような下らぬ理由で、術の実力ではなく資産やら家柄やらだけで選んだらしき、
選りすぐりの貴公子を護衛や傍づきに集めて悦に入ってた、こちらの家門の幹部格の皆様方。
自分らの選択の結果に肌で触れられて、さぞかし満足しておろうよと。
か弱き顔ぶれを余裕で助け出し、屋敷の外へと逃がしつつ、
その専横ぶりから恨みを買ってんのは上の老害どもなのだから、しみじみ味わってもらおうではないかと、
ざっくりとした普段着風のいでたちした麗しき貴人二人がにやにやと笑っておいで。
祓術世界の現状をよくよく理解しないまま、
政財界の重鎮らとの付き合いばかりに現を抜かす“上層部”には、
因果応報の憂き目に遭ってもらっているまでのこと。
そんな程度の護衛で十分と、未熟で物知らずな面々を取り立てたのは皆様方だ。
その分、取るに足らぬ級のわれらは大勢の人らを避難させるお勤めにあたったまでのことと、
しらじらしくも奏上した鎮冥だったのへ、
実務部の最上位におわす、実質 最高幹部の中務卿が、後日 笑止笑止と高笑いなさったそうな。






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